岩崎恭子 名言の裏 父と母、姉・岩崎敬子との 確執と代表争い

  • 2016-8-6
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リオ・オリンピックで再び注目

史上最年少14歳での女子競泳金メダルに輝いた岩崎恭子さん。
今は結婚し母となり子供を育てています、実は輝かしい金メダルの裏側で
白血病を乗り越えたと支えたの夫婦愛
そして、日本代表枠を競いあった姉の岩崎敬子と岩崎恭子の家族の物語がありました。

今日は、岩崎恭子さんの父と母、姉の岩崎敬子さんについてについて書いていきます。

○岩崎恭子さんの父の白血病と母について
○岩崎恭子さんの、姉 敬子さんとの代表枠争い
○岩崎恭子さんの名言 バルセロナの金メダル



岩崎恭子さんの父の白血病と母について

バルセロナで金メダルを取った時の岩崎恭子さん

名言といわれている言葉「今まで生きてきた中で一番しあわせ」

それには、突然の父の病と母の献身的な愛と姉との代表争いあったから

出てきた言葉かもしれません。

恭子さんが、5歳の時

お父さんが病に倒れます、その病とはそれは白血病でした。

岩崎さんの父親は入院治療が続き、医療費の負担が家計に大きくのしかかって
きました。



岩崎恭子、姉の敬子さんとの代表争い

そんななか、姉 敬子さんが通っていたスイミングスクールに恭子さんも

通いたいと言い出したらしいです。

父の病気入院で家計が厳し中で、姉だけでも大変なスイミングスクール

の費用でしたが

恭子さんのお母さんは

「2人を平等に育てたい」

から恭子さんもスイミングスクールに通うこととなります。

通い初めは姉には、程遠おく及ばない恭子さんでしたが

後半の粘りと持久力は、すごいものがあり、

中1の時、全国大会で優勝

そして、バルセロナオリンピックの

最終選考会で、姉の敬子さんと対戦することになります。

残る、バルセロナオリンピックの水泳女子平泳ぎの枠はひとつ

それを姉の敬子さんと恭子さんで争うことに

お母さんの気持ちはどうだったのでしょうか。。。

おそらく、恭子さんはまだ当時13歳、次がある

最後のチャンスとして姉の敬子をオリンピックに出したかった

のかもしれません。

姉妹での残り選考枠1つの争い

家庭内でもピリピリした何とも言えない雰囲気が漂ったのではないでしょうか。

岩崎恭子さんの名言 バルセロナの金メダル

そして、結果は恭子さんが選ばれることになります。

オリンピックの決勝で信じられない事が

3位から逆転の優勝

それもラスト10メートルで世界記録保持者の米国のノールを捉え

堂々の金メダルに輝きました。

この時、14歳の岩崎恭子さんが言った言葉が

「今まで生きてきた中で一番しあわせ」でした。

この言葉に何言ってんだか?

と思った人がいたかもしれませんが、

突然の父の病、母の頑張りで

通わせてもらったスイミングスクール

そして、皮肉なことに姉との代表残り1枠の争い

幼い、岩崎恭子さんも胸が痛むことが多かったのではないでしょうか?

だからこそ、あの名言が飛び出したに違いないのではと思います。

岩崎恭子 14歳

「今まで生きてきた中で一番しあわせ」

では、今日のテーマは○○についてでした。

まとめると、

○岩崎恭子さんの父の白血病と母について
父の入院費が家計を圧迫する中で姉と平等に恭子さんをスイミングスクールに通わせた母親

○岩崎恭子さんの、姉 敬子さんとの代表枠争い
日本代表の残り人枠は皮肉なことに姉の敬子さんと争うことに

○岩崎恭子さんの名言 バルセロナの金メダル
父の病、母の苦労、姉との争いという、過酷な14年間を過ごしてきた
岩崎恭子さん
14年間で最も幸せを感じた瞬間に間違いはないでしょうね。


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